「パパ大豆が子育てに没頭し、
おもちゃ屋になったわけ」
■そもそもパパ大豆が「おもちゃや」をはじめたのは?
はじめまして、「パパ大豆」こと廣島 大三です。3歳の娘ソライと7歳の娘ルカを相手に妻と共に育児奮闘中の34歳です。三十路を機に独立を決意、31歳のときにサラリーマンをやめて独立して、「オモチャ屋」になりました。
「なんで『パパ大豆』なんていう名前なのか?」ですって?
それはですねぇ、ボクが大学生の頃にさかのぼります。当時ボクは1年間イギリスに留学していたんですね。ボクの下の名前の「だいぞう」って、イギリス人にはとっても発音しにくい名前なんです。だいたい「ダ〜ジョ〜」と「ダジオ〜」とか言われちゃうんです。
・・・で、当時一番仲のよかったボビーっていうやつが「よし、お前は今日から"DAIZ"(ダイズ)だ」と言いだし、それから「ダイズ」となったんです。そのうち、自己紹介のときに、相手に名前を印象付けるために「ダイズと呼んでくれ、ダイズというのは、日本語で"soy
bean"(大豆)のことだよ。」なんていうようになって、それから「大豆」は、僕の中では、すごく自然な呼び名になったんです。・・・とまあ、そんなところで、「パパ大豆」の由来はこのくらいにして話しを戻しますね。
そもそもボクがオモチャ屋として独立したのは、ちょうど、長女ルカの下に次女のソライが生まれる直前のことでした。
新しく赤ちゃんが生まれて、背負うものが増えるのに、わざわざ「安定」を捨てて、独立するなんて無謀だと周りからは言われました。でも、ボクの生き方をいつも見てくれていた最愛の妻だけは賛成してくれました。そして、絶大な協力をしてくれました。その経緯を聞いてください。
パパ大豆は、もともと「おもちゃ業界」の人間ではありませんでした。サラリーマン時代のパパ大豆は。「マリン業界」にいました。プレジャーボートやジェットスキー、ウェイクボードなどを扱う商社でした。その会社でアメリカで商品を発掘し、買い付けて日本の流通ルートに載せる「バイヤー」という仕事をしていました。だから、アメリカには、結構年間に何度も行くようなお仕事だったんです。
サラリーマン時代に、パパ大豆の身の上に起きたもっとも大きな出来事・・・それは、「結婚したこと」と、「親になったこと」でした。26歳で結婚して、27歳のときに長女のルカが生まれました。
ルカが生まれるまでには、ちょっとしたドラマがありました。切迫流産の危機を乗り越えたら今度は、切迫早産で、妻は緊急入院。しかも、個人の産院から、万が一のための設備(NICU)を備えた大きな病院に、救急車で搬送されての入院でした。そして、その万が一は、現実となってしまい、赤ちゃんは予定日よりも、まるまる2ヶ月早く生まれて、すぐにNICU(新生児未熟児室)に入りました。
超低体重児・・・1340グラムでした。普通の子の半分以下の体重です。保育器のまわりには、ものものしい機械が置かれ、赤ちゃんには、管や点滴、センサーなどがつけられていて、とても痛々しかったのを、今でもはっきり覚えています。

NICUにいる間に、娘の名前をきめました・・・「瑠夏(るか)」
夏の瑠璃色の海を自由に泳ぐイルカ
生まれてすぐに、主治医の先生から、肺の機能が危ぶまれ、目が見えないかもしれなくて、耳が聞こえないかもしれない。そんな可能性を告げられました。肺の機能については、その後数週間で危機を脱して、何とか乗り越えました。でも、視覚と聴覚については、実際に障害がないことがわかるのは、2〜3歳くらいまで待たないといけないということでした。新生児の時期には、赤ちゃんの反応から、それを判断することが出来ないんです。
視覚は「目で追うかどうか」で、ある程度は判断がつきますが、それでも、「視力」についての判断は、できません。聴覚については「言葉が遅い」とか「反応がない」とかそういうことで、2〜3歳くらいにようやくわかることが多いそうです。
パパ大豆にはそれが、どういうことか、妻よりも少しだけ学術的に理解していました。たまたま大学で「Child Psychology(児童心理学)」というのを学んでいたからです。といっても、ホントたまたまだったんです。当時ボクは「英語学」を専攻していて、どうしても留学がしたくて、イギリス留学を決意したんです。
選んだのはロンドン大学、期間は1年間でした。日本の大学で英語学を専攻していたと言っても、英語圏のイギリスで英語学を学ぶほどの語学力は、ボクには到底ありませんでしたので、留学先の大学では、英語力がそれほど重要ではない専門的な科目を履修することにしました。その結果が、児童心理学の幼児発達研究だったんです。
これは、まさに「Development(発達)」を研究する学問だったんです。視覚、聴覚をはじめとする「5感の刺激による赤ちゃんの発達」そんなことも学びました。モンテッソーリやシュタイナー、二キーチンなどの学者たちについても学びました。
だから、赤ちゃんの発達において、視覚や聴覚の発達の重要性を、少しだけ深く理解していました。特に聴覚については、ご存知の通り言語の発達と密接に結びついています。
でも、いくら大学で学んだとはいえ、たったの1年間ですし、当時でも5年以上も前のことでしたし、お恥ずかしい話ですが、ほとんど知識としては残っていませんでした。そして今、目の前に切実な不安として、わが子の視覚と聴覚の問題を抱えて、はじめて、「赤ちゃんの発達」について改めて勉強しなおしました。どうも、「赤ちゃんの発達研究」は、1970年代以降アメリカで、盛んに行われてきているらしいこともわかりました。
そうなると仕事でアメリカに行っても、そのことは気になります。「発達研究の本場アメリカ」。そんな中で、「発達研究をフィードバックした赤ちゃんのおもちゃ」を、とあるアメリカのオモチャ屋で発見しました。そのお店は、まさに「知育玩具専門店」という、当時のボクには、全く驚くばかりの「うれしいお店でした」
そこに置いてあるオモチャのパッケージの裏面の説明書きには、「発達のうんちく」が書いてあり、その内容は、まさに納得の内容でした。ボクは、思いつく限り、ルカのためになりそうなオモチャを買って、日本に持って帰りました。といっても、そんなにたくさん持って買えることは出来ませんでしたが、それでも、そういうオモチャがこの世に存在することがわかったことが、感激でした。
・カラフルでコントラストの高い配色が、赤ちゃんの視覚をよく刺激する
・もっとも視覚を刺激するコントラストの高い配色は「白黒赤」である
・聴覚の刺激のためには、さまざまな種類の音をオモチャに盛り込む
・赤ちゃんが好む種類の「音」がある
・素材の違いを触って感じさせることが、オモチャに求められる
「発達研究をおもちゃにフィードバックする」というのは、こういうことなんだとわかりました。
日本に帰ってから、ボクは、同じような「発達系おもちゃ」を日本で探しました。まさか、みつけられないなんて、夢にも思わずに。でも、実際には、当時は、国内では見つけることは出来ませんでした。「知育玩具」というと、3歳以降を対象とした「教育玩具」か、ドイツの伝統的な木のおもちゃしかなかったのです。
ボクが欲しかったのは、最新の発達研究に基づいて開発された「布のおもちゃ」です。そういうオモチャは、日本では手に入らない(当時のボクが思いつく限りでは)現状を知った僕は、アメリカに出張に行くだびに、こうした「発達系おもちゃ」を買ってくることにしました。それこそスーツケースのほかに、大きな箱を持ち帰ったこともありました。この手のオモチャは、重さは軽いのですが、かさばるのが難点でした。(^^ゞ
でも、こうした「発達系おもちゃ」があるだけでは、ダメなことが、ルカと接する中でわかってきました。ただオモチャを渡しても、赤ちゃんは遊ばないんです。今思えば当たり前のことですが、当時は妻と試行錯誤でした。せっかくアメリカからせっせと持ってきたオモチャなのに、ルカは見向きもしてくれないこともありました。
そんな悪戦苦闘の中から、ある程度見えてきたことがあります。
赤ちゃんの発達を考えたオモチャが必要であること
日々成長する赤ちゃんの発達段階にピッタリ則した「おもちゃ」が重要であること(旬のおもちゃ)
親や保育者が、発達段階に応じた「関わり方」をしてあげる必要があること(旬の時期)
ルカが見向きもしなかったオモチャは、この「旬」をはずしていたんですね。0〜24ヶ月の乳児について、こうした「発達・おもちゃ・遊び方・関わり方」を体系的に教えてくれる本や資料は、ありません。もちろん、発達についてとか、遊び方についてとか、個々にはあるのですが、これらを体系的にまとめないと、実際の子育てには役に立ちません。単なる知識で終わっちゃうんです。
そこで、ボクは「発達・おもちゃ・遊び方・関わり方」を、自分なりに徹底的に研究しました。
その甲斐が実ったのか、ルカの生命力のおかげか、その後ルカは順調に育ってくれて、発達の上でも問題なく、心配していた視覚や聴覚も、問題は出ませんでした。神様に感謝です。
そんなこんなで、ルカが生まれて4年がたたとき、ルカの妹が妻のおなかにいることがわかりました。ボクが、このとき独立を決意するのに迷いはありませんでした。そして、そんなボクが独立することに、妻は反対するどころか大賛成してくれました。そして育児休暇中の妻は、創業当時のボクに、絶大な協力をしてくれました。本当に感謝しています。
妻が僕の独立に賛成してくれた一番の要因は、僕のこんな考え方に賛同してくれたからなんです。
『子どもが小さい時期に、出来る限り、いっしょの時間をすごしたかった』
仕事人間になるのは、いつでもできるけど、「子育てをもっとも楽しめる乳幼児期」は、この先の数年、子どもが大きくなるまでしか出来ない。後悔はしたくない。
幸いにも、もうすぐ二人目が生まれる。ルカのときに試行錯誤したあれこれを体系化しよう。発達研究に基づいたおもちゃを紹介するだけじゃない、
「いつオモチャを赤ちゃんに与えて」
「どうやって遊んで」
「どうやって親が関わるのか」
「それはどんな発達上の意味があるのか」
そんなことを伝えることが出来る「おもちゃ屋」になろう。「0ヶ月からの赤ちゃんの知育玩具専門店」になろう。
そして、初めての出産、はじめての育児につきものの「不安」を取り除いて、「楽しみ」にかえられたら・・・親なら、誰もが願う子どもの可能性を広げてあげる子育てを提案できたら・・・こんなに嬉しいことはありません。
